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​嫌いが好きに転ずる奇跡

​山西音桜

 第一印象はどうだったかと聞かれると、最初の印象はネットで凄い趣味を持っている奴だった。それがアンジョーという男との出会いだった。それは決して嘘ではない。ただし、生身のアンジョーとの出逢いは、ただ一言、『嫌いな匂い』だった。

   人間と共存する怪異の俺は、俺と同類である怪異の存在の匂いに敏感だった。吸血鬼だから、人間よりも五感は鋭い。だからこそ、その匂いは嗅ぎ取ってしまった。あれは獣の匂いだ。女の子がつける香水や、サラリーマンのおっさんの加齢臭に紛れて漂ってきた獣の匂いに顔をしかめる。猫ではない、犬っぽい。けれどこの場に犬の散歩をしている人間もいない。となると、人の皮を被っている獣の怪異となると数は限られてくる。俺の凡庸な脳みそでは、一種類しか思い浮かばない。


   狼男。


   多分俺の半径10メートル以内に狼男がいる。

   こういう時の対処法は決まっている。スルーだ。向こうもだろうが俺も社会人となった今、進んで怪異に関わりたくはない。会ってしまえば会ってしまったで交流はするけれども、どこの誰とも知らない怪異とは関わらない。オタクの人間が、同類であろう人間を見かけても声をかけないのと同じだ。帰ってさっさとパソコンのスイッチを入れて、作業をしなければ。

   好きなアニメのオープニングテーマを口ずさみながら帰路を辿ると、一人眼鏡の男とすれ違って、眼鏡の男がこっちを見た。

 

「                    」

 

  その男の口から、アニメのタイトルが溢れる。ただ、その時が一番獣の匂いが強かったから、俺は無視をした。ただ、もしかしたら趣味が合うのかもしれない、とは思った。

 

 

  それから、ネットで何度かエロゲのことを語り合う掲示板やスカイプなんかで、とても趣味の合いそうな男と知り合った。好きなエロゲが『女装山脈』とはなかなか趣味がぶっ飛んでいる。面白そうな男性。俺も音楽が好きで、そいつも音楽が好きだったので、掲示板のやりとりから個人的にやり取りをするようになるまで時間はかからなかった。とは言っても、やり取りは単純なものだ。ORANGE RANGEが好きだとか、そいつがKeyが好きだとか、俺がTYPE-MOONが好きだとか、そんな話ばかりをしてしばらくした頃。

 

  エロゲの発売日になって、馴染みの店に買いに来た。

  店に入った瞬間に、漂ってきた獣臭。

 

「獣くさ……」

 

  思わず呟く。店側におそらく非はないだろうから、店員に聞こえていないかだけを確認し、店内に入って、予約のものを買うためにカウンターへ向かう。

 

「すいません、予約をした奴取りにきたんですけど」

「はい、ただ今ご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」

「はーい」

 

   その時、俺の後ろに並んだ男から、獣の匂いが漂ってきた。てめえかこのやろうと、思ってちらりと後ろを見たら、この間すれ違った男だ。

 

「おまたせいたしました。こちらの商品でお間違いありませんか?」

「はい、大丈夫です」

 

  それから特典の確認と、ゲームを買うと何かくじを引けるので、そのくじを引いて精算を済ませて、獣臭さから逃れるために、さっさと去ろうとした。

 

 しかし、

 

「あの」

 

  声をかけられてしまった。あの狼の匂いのする野郎に。心の中で舌打ちをしつつ振り返る。
  一体何の用だ、女の子からのナンパなら大歓迎なのにな。いや、獣臭い女子はちょっと勘弁願いたい。

 

「××さんですか?」

 

  その男から出てきたのは、俺がネットで使っている名前だった。何で知ってるんだともちろん思うが、店と俺が今買ったものを考えて、そういえばネットで今日買いに行くことを言った覚えがある。


「俺、○○です」


  その時アンジョーが使っていた、そして俺が「こいつ趣味がやばいな」と思っていた男のネット上の名前が飛び出した。思わず目を見開いたし、当時のあいつの目に俺がどんな表情で写っていたのか、確認はしたことはないけれど、おそらくとんでもなく間抜けに写っていたことだろう。


「え、○○!?」


  とりあえず俺ができたことと言えば、そうやって驚くことくらいだった。


「はい。あ、えーっと」


  声をかけたはいいものの、何を話すかは決めていなかったらしい。間の抜けた奴なのだろう。そう思いながら、レジに行くことを勧めてやったら、幸せそうに眉を下げて微笑んで、じゃあすいません、とレジに足を向けた。

 

   俺はそいつを背に店を出て、帰路への道を歩んだ。

  あの後しばらくして、お互いが近くに住んでいることを確認して、「あの時何で帰ったんだよ。ちょっと話したかったのに」とアンジョーに言われたが、言えた言葉は一つだ。


「だってゲームやりたかったし」

 

  それも答えの一つ。もう一つ答えがあるとするなら、あんなに獣の匂いのするやつと一緒にいたくはなかったから。そして、さらに付け加えるのであれば……、いやこれは絶対にあいつには直接言ってやらない。墓場まで持って行く。

 

「あの時の俺の気持ち考えことある?」

「『まぁいいや、ゲームしよ』」

 

  どうしてそう言えるのか、と聞かれれば簡単だ。

  俺が逆の立場だったら間違いなくそう考えるからだ。いや、ふざけるな、位は思うし実際その場に吐き捨てて、ゲームをしに家に帰る。


「……正解」


 ちょっと悔しそうに、でもそんなに残念でもないのだろう、よくわかるねとアンジョーは微笑んだ。
  やっぱりお前っていう狼はその程度のことしか考えないのだ。その愚鈍な脳みそをどうにかしろと言いたい。いや、言ってはいるけれど。どうしようもないらしい。

 

「でもさー、あの後だよね、結構会うようになったの」
「何その、キモい馴れ初め確認し合うカップルみたいな、気持ち悪いな」
「なんでだよ」


  あの出会いから何年か経つが、やはり今でも獣臭い。最近は少し気にしているのか、香水してくれている。くれていると言うのは、「恐らく俺に言われたからだろう」と予測ができるから。

  獣臭いとは言うけれど、その匂いが嫌いだとは最近、口に出してはいない。

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